ドクター紹介

河瀬 院長が歩んできた道

医者を毛嫌いしていた子ども時代

河瀬 院長が歩んできた道

母親が看護師だったため、私は幼少期から「医療の現場」を身近に感じる環境で育ちました。ところが当時の私は医師になるつもりはなく、テレビドラマ『白い巨塔』の影響を受けて、「医者は冷たい人間だ!」と、むしろ医師を毛嫌いしていました。

大学受験時の志望も工学部だったのですが、試しに受験日が志望校よりも早くて受験料もかからない防衛医科大学校を受けてみたところ、合格通知が届きました。当時の経済的な事情もあり、防衛医科大学校への進学を決め、医師を志すことにしました。

医者を毛嫌いしていた子ども時代

母親が看護師だったため、私は幼少期から「医療の現場」を身近に感じる環境で育ちました。ところが当時の私は医師になるつもりはなく、テレビドラマ『白い巨塔』の影響を受けて、「医者は冷たい人間だ!」と、むしろ医師を毛嫌いしていました。

大学受験時の志望も工学部だったのですが、試しに受験日が志望校よりも早くて受験料もかからない防衛医科大学校を受けてみたところ、合格通知が届きました。当時の経済的な事情もあり、防衛医科大学校への進学を決め、医師を志すことにしました。

循環器科に魅力を感じ、心臓外科医の道へ

大学を卒業し、医師免許を取得してから現在まで30年以上心臓血管外科医としてキャリアを築き上げてきました。工学部や理学部を志望する理系の人なら想像できるかもしれませんが、数ある診療科の中でも循環器科は物理のようで理解がしやすく、面白かったのです。

工学部の航空工学科志望で、受験前から液体力学の勉強をしていた私にとって、心臓のポンプ作用により人間の体の隅々まで血液が流れることは、とても身近に感じられるものでした。理系の私にとって、循環器科は肌に合っていたのです。

「俺は上手くなる」 研さんを積んだ勤務医時代

勤務医として働き始めた当時の私は、正直に言って手術が上手くはありませんでした。医者の中には手術の腕より学術的に評価される人もいますが、私は手術の腕で勝負をしたかったのです。「俺は手術が上手くなりたい」、そう思って研さんを積んだのです。

私が長く勤めた亀田総合病院には優秀な医師がたくさん在籍していました。恵まれた環境の中で、非常に優秀な先生に師事できたことは幸運だったと思っています。その先生の下で修行した医師は私を含めて数名で、優秀な方ばかりでした。

亀田総合病院は大きな病院で、全国各地から患者さまが集まります。心臓外科医に求められるのは、「この人に手術をしてもらいたい」「命を預ける」と全国各地から患者さまを呼べる「腕」なのです。

私も努力を積み重ねて部長と呼ばれる立場になり、安全に配慮した適切な手術を患者さまにご提供できるようになり自信も出てきました。しかし、残念ながら多くの患者さまを集められるレベルにまでは至りませんでした。

自信を持てる分野で勝負したい 50歳で決意

50歳を機に一念発起し、私は開業の道を選びました。「人生、これ修行」かもしれませんが、医師は患者さまのかけがえのない命を預かるものです。どこまでどのように修行を続けていくのが望ましいのか悩むようになり、50歳を過ぎてこの道で夢を追いかけるのはやめようと決意しました。自信を持てる分野で診療をすることによって、患者さまのお役に立とうと思ったからです。

下肢静脈瘤の治療であれば、今までの心臓血管外科医としての経験を活かせるとともに、最初から最後まで責任を持って私一人で診療することができます。

そうした思いから、2015年9月 、亀田総合病院をはじめ勤務歴が長かった千葉の地で「千葉静脈瘤クリニック」を開院するに至ったのです。

患者さまへの思い

患者さまのお悩みをくみ取ることが治療のスタート

患者さまのお悩みをくみ取ることが治療のスタート

下肢静脈瘤は命に危険性のある病気ではありません。しかし、今まで見たこともないようなこぶが脚にできて、この先自分の体にどのような影響を及ぼすのかわからなかったら、不安に感じると思います。当クリニックは下肢静脈瘤専門のクリニックとして、患者さまのお悩みをしっかりとくみ取ることが治療のスタートだと考えています。お話をじっくりと伺った上で、患者さまが納得できる治療方針をご提案します。治療によって、お悩みが解消されたときの患者さまの笑顔が見られることが当クリニックの喜びです。
気になることがある方はお早めにご相談ください。

プライベート

「一家の大黒柱」として、良いクリニックを目指したい

「一家の大黒柱」として、良いクリニックを目指したい

開院して4年が過ぎた今、私にとって診療を含むクリニックの運営が趣味のようなものです。開業医は勤務医と違い、経営や人材の管理なども行わなければいけません。勤務医が長かった私は、そのような仕事は新鮮で面白いと感じています。

特にスタッフの存在は新鮮で、自分のことを例えていうと「一家の大黒柱だ」と思っています。スタッフの生活を支えている責任を感じていると同時に、一緒に「良いクリニックを目指していく」という心地よい連帯感もあります。

就寝前にスポーツニュースを見るのが1日のご褒美

他の趣味をあえてあげるとすれば、テレビでのスポーツ観戦でしょうか。仕事で帰宅が遅くなっても、スポーツニュースを見ることが1日の楽しみでもあり、自分へのご褒美でもあります。バレーボールをはじめ、野球、サッカー、ラグビーもテレビで観戦します。流行りのスポーツにも関心がありますし、スポーツ観戦は全般的に大好きです。

プロフィール

院長

河瀬 勇(かわせ いさむ)

出身大学

防衛医科大学校

保有資格など

  • 日本静脈学会 評議員
  • 日本外科学会 外科専門医
  • 日本脈管学会 脈管専門医・指導医
  • 下肢静脈瘤血管内焼灼術 実施医・指導医
  • 弾性ストッキング・圧迫療法コンダクター
  • 米国ECFMG
  • 医学博士

経歴

1989年3月防衛医科大学校 卒業
1989年4月海上自衛隊幹部候補生学校 入校
1989年6月海上自衛隊幹部候補生学校 修了
1989年7月亀田総合病院 研修医
1991年6月亀田総合病院 心臓血管外科ジュニアレジデント
1992年6月北里研究所病院 外科レジデント
1993年6月亀田総合病院 心臓血管外科レジデント
1996年6月亀田総合病院 心臓血管外科
1997年4月東京船員保険病院(現:東京高輪病院)  心臓血管外科医長
1998年9月米国クリーブランドクリニック 心臓胸部外科クリニカルフェロー
1999年7月米国ミシガン小児病院 心臓血管外科クリニカルフェロー
2000年7月亀田総合病院 心臓血管外科医長
2002年7月米国クリーブランドクリニック 小児先天性心臓外科クリニカルフェロー
2003年7月米国ミシガン小児病院 心臓血管外科シニアフェロー
2004年7月防衛医科大学校 第二外科 助手
2005年7月三重ハートセンター 心臓血管外科部長
2009年4月苑田第一病院 心臓血管外科 部長 兼 東邦大学医学部 非常勤講師
2014年4月船橋静脈瘤クリニック院長
2014年9月亀田メディカルセンター 心臓血管外科非常勤医師(現在も勤務)
2015年9月千葉静脈瘤クリニック開設
2020年6月千葉静脈瘤・循環器クリニックと改称